清くあれ 正しくあれ 2話/4

個人ネタ

 

この話の続きです

 

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数日後、パーラーミカジメを訪問した竹津は満足していた。400台の店に客は2人。スタッフはおらず、社長自らカウンターに立つ。ふくよかな体格は見るも無惨に痩せ細り、銀縁眼鏡の奥は暗く淀んでいた。

 

「やあ、久し振りですね、社長」

 

攻守逆転。至福の瞬間であった。店舗からスタッフの影は消えた。当然であろう。働けば近親者に逮捕の危険が迫るのだから。

 

「おお、これは竹津課長! ご無沙汰しております!」

 

淀んだ瞳には似合わぬ高く張りのある声が帰ってきた。苦渋に引きゆがむ顔と、恨みを煮出した敗北の声を期待していたのだが、これでは拍子抜けだ。

 

「いえね。こうしてホールに立つと、死んだオフクロを思い出すんですよ。子供の頃、学校から帰るといつもこうして立っていてね。ランドセルを下ろしたら鍵を持って、オヤジと一緒にホールを走ったもんです」

 

死んだオフクロ、という表現が躊躇なく出てくる。真っ直ぐこちらを見つめ、瞬き一つせずにまくし立てる社長に竹津はたじろいだ。

 

「社長としてふんぞり返るようになってからかな。お客様は数字になり、社員はただの頭数になってましたよ。でも失って初めて知った。お客様はありがたい。社員は、ありがたい」

 

「私はね! 今初めて、パチンコ屋の社長として生きてるんですよ! ありがとう竹津課長、あなたのお陰だ!」

 

いきなり両手を握りしめられ、竹津は自身の手の平が汗まみれになっていたことに気付いた。あなたのお陰と叫ぶ社長の姿に底知れぬ恐怖を覚える。異様な力で握りしめ続ける手をふりほどいた。

跳ね上がる心拍数、よろめく視界。一秒でも早くここから出たい。もつれる足で自動ドアへ向かうも、追い打ちをかけるように軍艦マーチの猛々しいメロディが耳を突き刺す。振り返ると社長は、満面の笑みで手を振っていた。出征兵士のような気持ちで、竹津はミカジメを後にした。

 

翌日、朝刊の折り込みに入っていたミカジメのチラシには「全台入替」となっていた。どういうこと、新台ではなく、全台? 400台すべてを入れ替えたというのか? 胸騒ぎを覚えたものの、かの会社には悪事で貯め込んだ資金がある。心も機械も入れ替えて出直すのであれば、それは竹津も望むところであった。

 

その後も谷中市の清浄化は順調に進んでいた。悪の総本山ともいえるミカジメが「落ちた」ことで、他のパチンコホールも一斉に恭順の意を示したのだ。県道を走れば、裏モノを取り外し閑散とするホールが目に飛び込んでくる。車内を吹き抜ける初夏の風。満たされた気持ちで田園を見つめると、ふと、言語化できぬ不安に襲われた。

 

何かがおかしい。

この風景には、何らかのエラーがある。

 

本能を信じ、竹津はハンドルを切った。向かうはパーラーNEWミカジメ。焦る気持ちはアクセルに伝わり、先ほどまで涼しく感じていた初夏の風が、蒸し暑く厄介なものに感じる。加え、あと数百メートルも走れば到着というところで、激しい渋滞に捕まってしまった。全く動かぬ車列。苛立ちつつも一時間近くかけて着いた渋滞の先頭は・・・ミカジメの駐車場であった。

 

「なんだ、これは」

 

赤色灯を点灯させ、車を路上へ止める。「全台入替」と書かれた横断幕。店舗を何重にも取り囲む行列をかき分け店内へ入ると、立錐の余地もないほど詰め込まれた人間の姿と、足の踏み場さえ確保できぬ玉箱の絨毯があった。

 

つづく

 

個人ネタ

Posted by ボンペイ吉田